lounge SRG 見た目は大人、中身は子供!
「いわき」を発車した「スーパーひたち」7号。
グリーン車は・・・・

ガラガラー!
このデラックスな車両には、水戸から乗ってきた母娘1組と、自分の3人だけ。
「常磐線」の線名は日暮里から岩沼までで、一般的には上野から仙台までの太平洋側の路線を括ってそのように呼んでますが、「いわき」からは同じ路線とは思えないほどに一気にローカル線になります。
ここまで複線だったのが、「四ツ倉」からはいきなり単線。

「“スーパー”ひたち」の愛称からはかけ離れたような、のんびり速度になります。
ガタン、ゴトン・・・と走る様子は、普段見慣れている「爆走651系」のイメージとからは程遠く、逆に11両のフル編成が奇妙に感じられます。乗車率とか需要とかは別として、やっぱり「いわき」から北は4両編成がその雰囲気と似合うのかも。
もちろんすれ違う電車も、「いわき」までの比じゃないほど少なくなります。
そういえば、まだ415系大活躍の時代に、夕方に上野発四ツ倉行きって電車あったなぁ~。
「末続」から「広野」にかけて、また太平洋が近くに見えてきます。

「いわき」を出て最初の停車駅は「広野」。
ここから先はローカル輸送の担ってか(実際、普通電車とスーパーひたちが交互に1時間ヘッドくらいの運転本数)、「富岡」「大野」「浪江」と10分おきくらいに停車駅があります。
普通車からはその都度、ビジネスマンと帰省客がちらほらと降りて行きます。
「浪江」で行き違いの電車。

東京や水戸側では見られない、「仙台圏」の電車ですね。
単線での行き違い停車でも、こっちが優先して「後着・先発」となっているので停車駅での停車時分はわずか。さすがにちょっとホームに出て息抜きということもできません。
こういう時、フリースペースとかビュッフェとかあると気分転換できるんですけどねー。まぁ、「スーパーひたち」自体がこんな長距離を乗るための設定では無いから、そんな設備より座席数増やした方がお客には喜ばれるんでしょうけど。
ずーっと座席に座っているのもちょっと退屈してきたので、車内見物に。
よく考えると、651系って地元の特急で頻繁に乗るけど、じっくり車内観察したことはなかったかも。
デッキ。

もうね、この縦長の大きな窓がオッシャレーなわけですよ。
さすがは、デザイン重視で生まれた特急電車なだけはあります。
ちなみに左側の出っ張りは、自動販売機を撤去した跡を隠している壁。
普通車の座席。

登場した時ばかりの頃は、スマートで未来的な形状の座席だったんですが。
リニューアルでなんだか野暮ったくて田舎くさい椅子になってしまいました。
あ、今「イバ人にはこの田舎くささがちょうど良くね?」とか思ったあなた!
けっこうクッションがフカフカで、最近の薄っぺらい椅子を搭載しまくっているJR東の新型車両に比べると、座り心地は格段に上なんだぞ!バカにするなぁぁ~~~!!!
(しかし、やはり見た目のダサさは拭えない・・できれば昔の椅子に戻して欲しいと思う)
普通車にはなんと全席に「読書灯」。

バブリーなご時世+JR東日本が未来を描く「夢」に満ちていた頃だったからこそかも。
デッキのドアの上には、情報表示装置。

今じゃ普通電車でもドアの上にくっ付いてるほどフツーなものになりましたが、あの頃はこれ見て「うぉぉ!スゲェェ!」と感心したものです。
車内案内やニュースや天気に混じって「現在の速度は130KM/H」とか出ちゃうの。
もう、テンション上がりまくりですよ。アゲアゲ!
そういえば、速度表示いつのまにか止めちゃいましたね。速度表示、復活希望!!
3号車の車椅子対応席。

本格的な車椅子対応席を搭載したのは、651系が初めてですかね。
車椅子対応席のある3号車はデッキもドアも広めの設計。
車椅子対応席の反対側には、多目的室。

これも651系で初めて登場した設備ではなかったかな?
そして、3号車には車椅子での利用に対応した大型トイレ。

これらの設備が一挙に整えられた651系。
今は当然となった「バリヤフリー」車両の潮流を作った電車かもしれません。
一部の車両にはわざわざ客室空間を割いて、荷物置き場スペースが。

沿線にゴルフ場が多い常磐線だからここにはゴルフバック置いてね、みたいな。
新宿発勝田行きの「スーパーひたちバーディー」号とか知ってるあなたはマニアすぎです。
電話室。

ビジネスユース第一で設計されたので、登場当時は電話室の多さが自慢でした。
携帯電話がこんなに普及するとは思ってもいなかった時代のこと。
ちなみにグリーン車では、「コードレス移動電話・貸し出しサービス」とかやってたんですよ。エリートビジネスマンとか会社の偉い人だけが持てる特権の象徴みたいなもんでしたよね。
しかし時代は流れ・・・・フリーターだった私すら(約10年位前のことだ)携帯電話が持てる時代になろうとは。あ、ちなみに自分の初めてのケータイは「KDDI」でした。「AU」誕生前夜。あ、そんなことはどうでもいいですね、ハイハイ。
そんなわけで、今や小学生ですら携帯電話持ってる時代。

公衆電話は一気に廃れ、車内電話の数が自慢だった「スーパーひたち」からも撤去が進みました。デッキに残った不自然な個室がその頃の名残。
あちこち見て、グリーン車に戻ってきました。
横3列の大型シートが並ぶ空間。 改めてゴージャスだなと思います。

651系・251系・253系が、JR東日本新型特急の黎明期を代表する形式に挙げられますが、253系は消え(もっとも253系は、内装が迷走の果てに破綻したリニューアルとなって消えていきましたが)、「グリーン車らしいグリーン車」と呼べるのは251系とこの651系だけになってしまいましたね。


今のこの姿も、普通車同様にリニューアルの手が入った後のもの。
登場当時はもっと重厚で、個々の空間が独立しているような雰囲気がありました。
残念ながら、今のグリーン車は「改悪」ののちの姿。
今、デビュー当時のグリーン車の写真を見ると、お世辞抜きで航空機のビジネスクラスを連想させるくらいの圧倒的な雰囲気が感じられます。
グリーン席では、ひざ掛け毛布の貸し出しがあります。(セルフサービスだけど)

黄金期には様々な人的サービスを振舞っていたスーパーひたちのグリーン車ですが、今では「プラスアルファ」と呼べるサービスはこれだけになってしまいました。
でも、今思うと・・・
・オーディオサービス →携帯音楽プレーヤー持ち歩いている人がほとんどだしー・・
・衛星放送サービス →ちょっとの障害で映像が途切れるTV見るより外見てるほうがマシ
・移動電話貸し出し →携帯電話あるしー
うーん、やっぱ時代の流れですかねー。
これらの仰々しい設備よりも、今はやっぱり車内コンセントひとつでもあったほうが嬉しい。
それにプラスして、専属スタッフが飲み物や食事・おしぼりを持ってきてくれる「旅客機」的なサービスがあればねー・・・・って、それって「グランクラス」とかいうあれじゃん?!(笑)
閑話休題。
青く澄み渡った青空の下に広がる、平和な農村風景。

「スーパーひたち」は、福島県の浜通りを北上し続けてひた走ります。
まだ続きます。
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Tc651-109
お久しぶりです。
Tc651-109ですm(_ _)m
旅行記拝見しとります(^_^)v 我が地元浜通りへよくぞいらっしゃいました(^O^)
続き、楽しみにしております。
09
21
00:00
京九快速
skさん こんにちは
私の記憶が正しければ上野発17時12分?
東京まで通学していた頃、この四ツ倉行きの電車がちょうどいい時間でよく乗っていました。
高崎線にも同じくらいの時間に渋川行きなんて長距離普通電車がありましたっけ。
あの電車で上野から四ツ倉まで乗りとおしていた人っていたのだろうか・・?!
09
21
13:47
京九快速
Tc651-109さん こんにちは
常磐線の浜通り走破は、実は何度かありまして、スーパーひたち1号が臨時で土浦始発の時に仙台まで乗った事があったり、18きっぷで青森まで行った時の帰りに普通電車+スーパーひたちで通ったり。
前者は早朝で車内熟睡、後者は夜間だったため、マトモに車窓を楽しんだのは今回が初めてでした。意外と海とは近くはないのですね。
幼少時に福島に住んでいた事があって、浪江駅を使ったこともありますよ。
09
21
13:53
QUWA
ドアの上のLEDなど、時代を感じさせますなぁ。というか、デビュー時と比べると、車内は変わり果てた姿になってしまって…(悲)。
ところで、デビュー当初のグリーン車は、この列車にはドリンクサービスはあったんでしたっけ??
09
21
14:18
京九快速
QUWAさん こんにちは
LEDのドットが大きいところに時代を感じますね。今ではフルカラーとかで色鮮やかに、文字も複雑な漢字が表示できるほど細かくなりましたが・・・表示される字が大きいので、E653系より651系のほうが見やすいんですよ。
>この列車にはドリンクサービスはあったんでしたっけ??
「スーパーひたちレディ」なるサービススタッフが上野~水戸間で乗務してまして、ドリンクサービスもやってました。最初はホットコーヒーだけだったけど、最後のほうはウーロン茶とかもラインナップにあったような記憶が。
カップは紙コップでしたが、汎用デザインのものではなく、651系の先頭表示のチカチカLEDをイメージした模様が入ったカップでした。(記念に貰ってきたのがまだどこかに閉まってあるかも)
レディさんの乗務もそのうちになくなってしまったのですが、その後は車内販売員がグリーンの乗客にはドリンクサービスを行っていました。これも1~2年ほどで止めてしまったと記憶しています。
ペットボトルの普及で、外で買った飲料の車内持込が容易になったのでドリンクサービスもさほど有難い物には感じられなくなってしまったからかもしれませんね。
個人的には、わずかカップ1杯だけでもステータス感が感じられるので、欲しいものですけどね。
09
21
15:29
名前の記入がありませ
ワタクシ、スーパーひたちレディでした。懐かしいです。あの頃が 一番 人生の中で輝いていたから‥当時20代だったお姉さんも、今はアラフィフのおばちゃんです。
02
02
21:43
sk
上野発四ツ倉行き!ありましたね~。あと大津港行きとか。
09
20
21:21