首都圏民鉄ロマンスカー・ワンデーコンプの旅 その5


続きです。


池袋駅からは山手線に乗って、次なる目標制覇へ。
ネクストターゲットはこちらです。

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空港アクセス特急のパイオニア、京成「スカイライナー」。


【7th ランナー】 「スカイライナー」29号 京成上野14:40→京成船橋15:05
MSE/VSE/EXE/RSE/HiSE/LSE/371/SPACIA/RYOMO/AE100/NRA

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現在の「スカイライナー」は1990年に登場した、2代目。
先頭車は優等列車らしい流線型ですが、ダイナミックなバンク角のデザインは尖った印象よりも、優しげな大らかさを感じさせます。

ドア脇には、7月17日開業の「成田スカイアクセス」と「新スカイライナー」の宣伝ステッカー。
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「新スカイライナー」が登場すると、今のスカイライナーは「シティライナー」という愛称に変更され、今と同じルートで上野と成田空港の間をいくつかの駅に停車しながら結ぶ「都市間輸送特急」に生まれ変わり、「空港直行」の役割を新線経由の新型スカイライナーに役割を譲ります。
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この方向幕も、もうまもなく見納め。

車内はブルーを基調として、「青空」を連想させる爽やかなインテリア。
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一度リニューアルが施された後の姿が現在の姿で、デビュー時はブラウン基調で落ち着きと重厚さを感じさせるインテリアでした。

スカイライナーは全車両が普通車。
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座席はリクライニングシートで、わりと大きく倒れます。
シートピッチも1,040mmとかなりワイドサイズ。足元にはフットレストバー。

5号車には自動販売機コーナーとスタンドコーナー。
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スカイライナーでは車内販売がありませんが、自動販売機で飲料購入が可能。
カウンターを設けたスタンドスペースも広々としています。
私鉄特急では珍しい「フリースペースコーナー」ということになりますが、乗車時間がさほど長くないのと、京成線はカーブが多くて列車がよく揺れるので、わざわざここで立って気分転換したり歓談したりする人はほとんど見かけません。

電話コーナーも5号車デッキに。
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トイレは4号車に集約。洗面台・洋式個室・車椅子用・男性用と一通り揃っています。
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トイレと自販機コーナーは隣り合わせになっているので、客席以外のスペースは編成中央部にガッチリ固められたような設計となっています。
両端の車両に乗っている人がトイレを使うには、移動がちょっと苦労するかも。

各車両のデッキ側には荷物置き場がありますが・・・・
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大きさが中途半端なので大型スーツケースが収まらなかったり、満席だと全員の荷物が収用しきれなかったりと、「空港特急」としてはあるまじき設計。
新型スカイライナーではこのウィークポイントが改善され、かなり大きな荷物置き場になったようです。

さてさえt、車内ご紹介はこのへんで。いよいよ京成上野を発車。
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京成上野駅は地下駅なので、スカイライナーはしばらく暗闇の中を走ります。
成田空港の国際線出発時間も中途半端なためか、車内は各車とも10人程度の乗客。

地下トンネルを抜けると、JR線をクロスオーバーして日暮里駅へ。
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日暮里駅の改良工事で、上下線は上下分離配線になりました。
下りスカイライナーは真新しい高架線を走って日暮里駅へ。

3階部分に新設された下り線ホームは、ピッカピカ。
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いつも常磐線の窓から、雑然として狭苦しそうな京成線の日暮里駅を見てましたが、この新設の下りホームはそんなイメージを完全に払拭させる明るい駅に。
スカイライナー専用乗り場もできて、一般列車の乗客の波に混じって列車を待つこともなくなりました。

日暮里からは、町屋・千住・高砂と、東京の下町を高架線から見下ろしながら進みます。
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街々の隙間を縫うように急カーブでつなぐ京成線ですが、スカイライナーは時短を目指して頑張るような走りで、連続カーブ区間にしてはわりとスピードを出して走っているような感じがします。

東京から千葉へと走りますが、併走する総武線とは車窓が全然違います。
総武線は「街」を走るという感じですが、京成線は「町」を走るという感じ。
なんというか・・・住宅街や古い町並みや昭和を感じさせる商店街に、駅もそんな雰囲気によくマッチしているような、人々の生活の真っ只中を駆け抜けるような京成線。

総武線をクロスオーバーすると、もうすぐ船橋。
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子供の頃、このあたりに一時期いたことがあったので、懐かしく車窓を眺めますが・・・
土手から地上へと駆け下りてくる線路は完全に高架になって、警報機もない踏切は姿を消し、低い木造住宅やボロいアパートが立ち並んでいたあたりは真新しい家々が立ち並び、線路を渡って通った銭湯は煙突も見えず。

もっとも「船橋ヘルスセンター」や「谷津遊園」に連れて行ってもらった頃、スカイライナーは空港開港前の暫定運転でチョコレート色の初代AE形だった時代の話。もう30年以上も前のことです。

そんなわけで京成船橋駅も、かつても面影もなくキレイな高架駅に生まれ変わっていました。
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本来なら「スカイライナー」の使命である空港連絡で成田空港まで乗りたかったのですが、次の制覇目標があるので、今回は京成船橋駅で下車。
「スカイライナー」という列車の性格から成田空港利用客がほとんどかと思ったら、車内のほとんどが船橋で下車。(船橋駅では上下車口が決められているので、船橋駅の乗降客のライナー券はこの号車に集中して発券されるシステムなのかも)

船橋駅の改札口を出て、かつて駅前の大通りと京成線が交わる大きな踏切があった駅前通に出てみましたが・・・あの頃、一日中ほぼ遮断機(というか、当時は小屋のおじさんが手動でハンドルを回していた)が降りっ放しだった踏切は、当然ながら跡形もなくなっていました。

再び東京方面へ戻るために、京成線を辿っていきます。
船橋駅には「成田スカイアクセス」と「新型スカイライナー」を宣伝するポスターが至る所に。
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「成田スカイアクセス」開業後は、船橋にはスカイライナーはやって来ません。
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船橋駅での「スカイライナー」の案内表示ももうすぐ見納め。

再びスカイライナーで、京成上野まで。

【8th ランナー】 「スカイライナー」18号 京成船橋15:07→京成上野15:32

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途中端折りすぎですが(笑)、日暮里でほとんどの乗客を下ろして回送列車状態で上野へ。
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カーブの先で地下トンネルへ入ると・・・

ぼんやりと照明が灯った不思議なところがトンネル内にあります。
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東京のド真ん中で「廃墟」となった「博物館動物園」駅跡。
窓越しによ~く見ていると壁画っぽい跡や、改札口?の木枠なんかが残っているのが見えます。

で、再び京成上野駅に戻ってきました。
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乗ってきた電車の先頭車は「AE-101」
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AE100形のトップナンバーでした。

ボディに控え目に刻まれた「skyliner」のロゴタイトル。
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「シティライナー」へと生まれ変わるその時、このロゴタイトルは果たして・・・?




以下、まだ続きます~~。

この記事へのコメント

ちゅう : 2010/07/02 (金) 07:00:25

おはようございます。さすがに前回の西武の雄には、縁もゆかりも有りませんでした。

いやっ、日暮里駅も随分変わったんですね。(でも、東京にうん10年住んでた者からすれば、あの駅を“都心”とは間違っても言いません。看板に・・・(笑)
スカイライナーは、初代も二代目も1回ずつしか乗っていませんで、それ以外はNEXばかり。横浜に引っ越したからとも言えないですね。やっぱり、上野とか日暮里じゃ中途半端です、せめて地下鉄直通で泉岳寺辺りまででも十分なのに、勿体無いです。

船橋は、仕事やその他でも何度か行っていましたので「あの」踏切の危うさはよく知っていましたが、高架化された後は一度も降りたことが無かったです。ここも変わったんですね!
幼稚園児だった頃まで住んでいた千住近辺の東武線は、物心着いた頃には高架でした。踏切の思い出は、小中学生の頃の東京江東の東京都の貨物線ですね。日に数本も通っていて、今人気の豊洲辺りには3本もの分岐がされていたなんて、信じて貰えそうにはありません...

Te2_10 : 2010/07/02 (金) 23:18:16

こんばんは
京成沿線に住んでいるおいらは、成田空港へ行くのにスカイライナーに乗ったことも、
ましてやNEXに乗ったこともありません。
久しぶりに小田急ロマンスカーに乗りたくなり、今週末乗車してきます。
成田スカイアクセスが開業したら、またあるのかな?

Te2_10 : 2010/07/03 (土) 20:37:57

こんばんわ
と、いうわけで、小田急ロマンスカーに乗ってきました。
北千住 →小田原 メトロはこね21号(MSE)
小田原 →新宿 はこね10号(VSE) *後展望
新宿 →箱根湯本 スーパーはこね27号(VSE) *後展望
箱根湯本→北千住 メトロはこね24号(MSE)

初めてVSEに乗車しました。
後展望でしたが非常に楽しめました。くせになりそう。

京九快速 : 2010/07/03 (土) 20:39:26

ちゅうさん こんばんは

横浜からだとさすがにスカイライナーではなくNEXのほうが便利ですね。逆に常磐線沿線の私はNEXよりもスカイライナーのほうが便利。高崎線や宇都宮線も日暮里に駅があったらスカイライナーのほうが分がよかったのかもしれません。
いずれにしても日暮里ではちょっとターミナル機能不足ですね。近くの北千住がいまや東西南北からの路線を抱える大ターミナルに変身したのとは対照的です。

>「あの」踏切の危うさはよく知っていました
あの踏切ご存知でしたか~!
もうホント一日中遮断機降りっ放しといっても過言ではないほど。駅前通はいつも大渋滞でした。
ホームと通り(踏切)がスレスレに位置していたので、上野方面行きの電車が到着して遮断機が上がると、電車の最後尾の連結器部分に通りすがりに触れるのも可能なくらいでした。(触ったことはなかったですが)

>東京江東の東京都の貨物線
亀戸から枝分かれして小名木川へ向かう貨物線。
学生時代に縁がありまして・・・なんでかいつもディーゼル機関車(DD51?)が貨物を引っ張っていました。都心なのになんで電化されていないんだろう?って。

京九快速 : 2010/07/03 (土) 20:45:05

Te2_10さん こんばんは

小田急ロマンスカー乗って来られたのですね。
VSEとMSEの組み合わせで、こんな行程で乗ることもできるのですね。
VSEではシートサービスが楽しみで、乗るといつもいろいろ注文しては飲んだり食べたりしてしまいます。

たー坊 : 2010/07/05 (月) 00:56:38

はじめまして。ずっとROMっていましたが初カキコ失礼します。
リッチでかつ面白い企画を行われていますね。次の東武は浅草→(特急スペーシア)→春日部→(普通列車)→東武動物公園→(特急りょうもう)→浅草・北千住のみたいなパターンではないかと考えられます。
今回の企画は複数の車両に乗っている訳で飽きは無いかと思います。自分は何回か「金が無ぇが旅がしたい」って時、大回り旅行をするのですが行程の半分を超えるか夕暮れになると猛烈な飽き感に襲われます。千葉エリア大回りでは113系ばかりで、神奈川ルートだと相模線の発車メロディがほとんどの駅で同じだったり(この時点で夜であったのと同線は全区間単線で停車時間が長いのも要因)で飽きを感じてしまいました。

あっしはJRだと常磐線(千葉県)(正確には醤油輸送が関係する鉄道[開業当時の区間])沿線の者です。今後、よろしくお願いします。

PS:スカイマークがぁぁぁ・・・・。

ちゅう : 2010/07/05 (月) 06:19:51

おはようございます。
学生時代に縁がおありとの事でしたので、もうちょっと詳しく。(長文ゴメン)

正式には“越中島支線”と、言うそうなんですが本来の越中島からはかなり遠く、その後に京葉線に駅名もとられました。(元々、この辺りから海側は埋立地で当時は地名も無く、◯号地とだけ呼ばれてました、因みに船の科学館辺りは13号地) 歴史も古く昭和になった辺りから建設されたそうです。目的は、江東地区に張り巡らされた運河を利用した物流と小名木川駅の直ぐ先に有った広大な工場敷地を持つ通称「汽車会社」からの車輌運搬の2つ。

私が江東区に引っ越したのは汽車会社が川重に吸収合併される数年前で、未だ南砂町という場所で操業してました。東京でも下町では最後まで残った“都電”と呼ばれた路面電車が残り、この工場の周囲を迂回する専用軌道もあり、車に邪魔されずに速度を上げて走るのでお気に入りの場所でしたよ、特に支線のガター橋をくぐる部分は加速するので。工場が亡くなった後に一年もせずに都電も同じ運命に...広大な工場跡は(当時の)高層団地群へ、専用軌道跡は遊歩道(オブジェ付き)へと

汽車会社の端を走った支線は、東西線車庫の先で90度曲がって越中島駅に到着するわけですが、そのまま真っ直ぐ夢の島方面に続く線路敷地が道路右側に草ボウボウで残っていました。東京都は、東京湾埋立地をネットワークする専用鉄道を作る構想を持っていたそうです!少なくとも昭和が終わる頃までは...Googleさんの航空写真でなら痕跡見られるかも?

越中島駅から先の東京都専用線、メインは晴海の穀物倉庫へ向かう線と豊洲の先の石炭埠頭へ向かう線。晴海線の旧石川島播磨重工横の錆だらけの大きな鉄橋は残ってました。昭和40年代に博覧会が晴海で開かれたとき、SLがこの線を通って入線したそうです。豊洲は再開発されたので痕跡は僅かですが、良くニュースで取り上げられる石原都知事の築地魚市場移転問題。あれは予定地の石炭埠頭(仮面ライダーから松田優作の頃迄、特撮の聖地だった)跡を調べたら土壌深くまで永年の有害物質が蓄積していたというから、支線とも無縁では無いのですよ。

京九快速 : 2010/07/05 (月) 21:58:47

たー坊さん はじめまして

今回の「企画」は前々からやってみようと思っていたのでやっと実行に移せました。この一日でかかった乗車賃+特急料金を足したら、ちょっとした遠出が軽くできる金額に。
大回りはだいぶ前にやったことがありました。最後のほうはけっこうヘトヘトでした。ただ、普段乗らない首都圏のローカル線とかに乗る機会ができたのはよかったです。普段から特急依存症なので。。。

鉄空比が半々くらいのブログですが、サイトとともに今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

京九快速 : 2010/07/05 (月) 22:07:04

ちゅうさん こんばんは
ちょっと「八甲田丸」方面へお出掛けしてました。この模様はまた後日・・・

てことで例の貨物線ですが、専門学校が江東区だったもので、学校はあの貨物線より大通り1本分くらい千葉側でしたが行き帰りに時々貨物が通るのを目撃しました。
頻繁・・・には走っていなかったです。当時はあまり興味がなかったので、でもまさかあれが京葉線の潮見あたりから見える貨物線まで伸びているものだとは、知ったときは驚きでした。
(あそこってレールセンターかなにかあったのでしょうか?レール運搬の貨車がたむろしていたような覚えが・・・)

いつぞやにあの貨物線を題材にしたフォトギャラリーが某鉄道趣味誌に載っていましたが、ビルの合間・マンションをバックに・お花畑の中・工場エリア・・・いろんな「風景」があったようですね。

ちゅう : 2010/07/06 (火) 20:00:31

京九快速さん、こんばんは。
“八甲田丸”でピクッと来ました。高2の夏休みに無意識に「北海道へ行こう」と、言ったらしい私(笑)が初めて乗った連絡船なのに(連絡船それなりに乗ってたのに)初回1回のみしか当たらなかった...
申し訳ないから、北海道と繋いでくれた縁で、係留されてからも毎年一回以上は寄ってましたから...後年は大晦日には開館しなくなったので...当たり前ですよね(笑)

越中島貨物駅は、現在でも『レールセンター』やってます。立地条件の良さで、瞬く間に首都圏主要部のロングレール化を進めましたが、それなりに保守は必要でしょうから、まだまだ働くみたいですよ。
驚いたのが、各橋梁を含め支線は全て複線仕様で出来ているんです。きっと、東京都がしっかりしていれば、とんでもないもの(笑)が湾岸地区に出来ていたのかも...黒字か赤字はともかく。

京九快速 : 2010/07/07 (水) 22:10:44

ちゅうさん こんばんは

私はリアルタイムでの青函連絡船を体験できませんでしたので、青森・函館・お台場で「海に浮かぶ博物館」化した連絡船しか知りません。
「八甲田丸」訪問は3度目くらいですが、館内を見て歩く部分が多くて、実際の営業航行時に乗っていたら見てみたい部分が多くてきっとい退屈しなかったんじゃないかなぁと思います。

>各橋梁を含め支線は全て複線仕様
「何かをやろうとしていた」匂いがプンプンしますね(笑)
新木場から枝分かれする貨物線(←工事中でわりと放置期間長かったような・・)が今の「りんかい線」になっちゃったし、東海道新幹線の東京側の基地引込み線に寄り添って敷かれた貨物線も今は放置状態ですが、やる気を出したらヘンな面白ルートが出来上がっていたかも。
それこそ途切れ途切れの貨物線を繋いで、羽田空港からお台場経由で総武線に入って成田空港とか?!

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