北国の夜 その2

続きです。



新潟駅、在来線3番ホーム。
通勤電車も出て行って、このホームに佇む人は「きたぐに」を待つ人ばかりになるわけですが・・・
長ーいホームを見渡しても、乗客と思しき人の影は10人足らず。

「もしかして、運休?」と、若干不安になる。


小雨が舞う中、いよいよ今晩の主役の登場です。

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「急行 きたぐに 大阪」
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この縦長の行先表示機、583系だけに見られる独特の形状で、もうこれ見ただけでワクワク!


しかしですねー、





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これはまだいいですね。「新潟」になっちゃっていながらも「きたぐに」表示ですから。








































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「東北夏祭り」!!!!!


堂々とこんなんが表示されちゃってるのはどうにかならないものかと(笑)
方向「幕」だと、時々こういう誤表示がありますね。
485系全盛期にもよく見ました。
「特急ひたち いわき」行きなのに 「特急ひたち 仙台」になってたり「ホームライナー土浦」になってたり。
すごいと「これ以上巻くな!」が出てたり(笑)
最近のコンピューター一括操作のLED表示ではありえない、まぁ、国鉄型のおおらかさというか(!?)





今宵、短い時間ながらも一夜の宿となるのはこちら。

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7号車 A寝台 「サロネ581-103」

いまどき、個室でもない寝台車に1万円以上もつぎ込むのは心底躊躇われるのですが、この583系A寝台は「きたぐに」号でしか存在しない(過去においても「きたぐに」でしか存在しなかった)特別な車両なので、今回は「えいやぁ!」と11,760円を投じて乗ってきました。

そんなわけで、この「きたぐに」で最も高価な寝台。A寝台下段の利用です。
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なんだかとってもレトロー!な雰囲気です。
・・・いや、雰囲気だけなら昭和から時間が止まってしまったかのような、まるでタイムマシン列車。

下段は寝台の高さが120センチあるので、座った状態でも頭が(よっぽど座高が高く無ければ)天井板につっかえることはありません。おまけに大きな窓は独り占め。通路側のカーテンを閉めれば、一晩中窓から流れ行く夜景を眺めていようが誰にも迷惑が掛かりません。

A寝台だとアメニティとして浴衣・ハンガーのほか、使い捨てスリッパが付いてきます。
(本音では、A寝台なんだから洗面セットぐらいくれよ!と思うわけですが、今回はちゃんとハブラシ・タオル・セッケン・耳栓は持参してきました。夜行慣れしたが故の用意周到さは旅の回数が物語る悲しきサガか(笑))

同じくA寝台の上段です。
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屋根裏部屋って感じで、「狭いところ好きー!」「俺って閉塞圧迫空間フェチなんだよねー」という方にはおすすめ。それ以外の方にはおすすめできない、「きたぐに」の設備の中でも全くバリュー感に乏しい寝台です。

なにしろ窓が無いし(ごく小さなシャッター式の窓はある)、寝るだけの設備でしかないので起きている時には身の置き場が無い。そんでもって料金は「A寝台」。ぶっちゃけA寝台上段ならB寝台買っても同じようなもんじゃないかと。むしろB寝台下段のほうがよっぽども居心地良くてオトクなんじゃないかと。


A寝台のお隣の車両は、グリーン車。
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天井、高っけー!!!! 開放的過ぎて、むしろ落ち着かないのは私だけでしょうか。
ま、今日はグリーン車の乗客ではないのでそんな心配はどうでもいいんですが。

グリーン車客室の各両端部にはソファーとテーブルを備えたサロンコーナー。
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編成によってはこのサロンコーナーが無い車両もあるらしいので、コレにあたるかは運次第。

大阪方の4両はボックスシートが並ぶ自由席。
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583系「はつかり」とか連想しちゃう1975年生まれのアタシです。
そういや初めての一人旅で使った夜行列車が583系「はくつる」の当時1両だけ連結されてた指定席で、このボックス席で一晩を過ごしたっけなーとか遠い日の記憶。

ほかの車両は3段式のB寝台車。
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この通路両脇から迫り来るような寝台のカーテンの壁が、「583系」の独特さですよね。

3段寝台は横から見るとこんな感じ。
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今時、こんなんアリかー!?って窮屈さは、見てるだけで伝わってくる。

一番下の「下段」。
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真ん中の「中段」。
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一番上の「上段」。
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もうね、「機能性」をとことんまで追求した、ある種の感動すらおぼえる「空間密の機能美」。

「壁を木目調にして落ち着きある空間をなんとかかんとか」とか「誰にでも優しいバリアフリーのうんたらかんたら」とか、今の新車レビューにあるようなPRが微塵も隙入るところがない。これ、批判的な見方じゃなくてね。

とにかく「昼も夜も特急として使えるように、最大限「特急らしさ」を備えて走らせたい」「横になって寝られる人を少しでも増やして、夜行列車で運んであげたい」っていう当時の開発コンセプトがギュッと詰まった、「あの頃の鉄道の花形主役はこうだった」というのを、その後の時代のニーズに流されずに今に保って生き残っていることに感動なんです。
(ま、一般の利用者にしてみれば単に「ボロくて狭い電車」って意見にまとまっちゃうんでしょうけど)


583系B寝台で人気の、通称「パン下」。
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ここはやっぱり天井が高い分、広く感じます。一番人気なのも納得。


今回は「きたぐに」号の設備紹介で終わってしまいました。
(それだけ客室設備が豊富ってことですね。)


次回はいよいよ新潟を出発しますよ。



というわけで、続く。

この記事へのコメント

ロック : 2010/06/04 (金) 17:05:45

「きたぐに」には新潟に住んでいたときにA寝台以外全部乗ったので個人的には結構愛着がある列車だったりします。

ちなみに私が乗ったときも幕が故障していたのか「富山」と「特急 雷鳥」が表示されているというひどい状態でした(・∀・;)

くずはEX : 2010/06/04 (金) 23:53:31

こんばんは。

<きたぐに>は1984年2月に大阪から乗ったのが唯一で、その当時は12系座席車+10系寝台車でした。

私にとっても子供時代から憧れだった583系。

今の静かな状態の間に、必ず乗りに行きたいと思います!

ちゅう : 2010/06/05 (土) 03:22:57

こんばんは。なんか体調悪かったので、夕刻に寝てしまったらこんな時間...おかげで頭スッキリ。

幼い頃買ってもらった、学研のカラー図鑑「機関車・電車」で583系に魅了されました...
くずはEXさん 座席車が有るのが不思議に感じていたのですが、そういう経緯があったんですね。

「きたぐに」は計2回しか乗っていないのですが、うん10回も行ってる北海道旅でも、583系の寝台は「ゆうづる」でしか経験はありません。必ずB下段にしてたけど、どうしても寝台セット状態で駅弁を食べるのが辛かった(私の身長だと座って窓側のくぼみに頭入れてもまだ辛い...)のが理由かもしれないです。

>字幕
数年前の大晦日、函館に行くために18きっぷ使って仙台(泊)まで行くのに郡山?からJR東583系の動態保存車?のがらがらの普通に乗りました。仙台駅でファンのリクエストに応え、車掌さんが字幕の全表示を大サービス!! 動画モードで撮映したのですが、バックの照明がきつく白飛びしちゃってるのが残念(笑)

京九快速 : 2010/06/05 (土) 21:40:19

ロックさん こんばんは

方向幕はこの2ヶ所以外はちゃんと「きたぐに大阪」になっていました。
入線時は「回送」でした。幕回転を見届けてから車内に入ればよかったのですが、車内を撮影している間に回っていたようで、もしかするとレア幕とかが見られたかも・・?

そういえば681系・683系の側面愛称表示幕には「きたぐに」が入っているそうですね。

京九快速 : 2010/06/05 (土) 21:46:20

くずはEXさん こんばんは

12系座席車+10系寝台車の時代とは、これまた「懐かしの記憶」ですね。現在の「きたぐに」が寝台にグリーン席に自由席にと多彩な設備を備えているルーツがこの座席客車+寝台客車の時代でもあるのでしょうか。

このあとの続きでも出てきますが、新潟発車時はガラガラに空いていましたが、朝目覚めるとけっこう混んでました。日常的に途中駅からの乗車がかなり多い夜行電車のようですね。

京九快速 : 2010/06/05 (土) 21:58:05

ちゅうさん こんばんは

子供の頃、一時福島県に住んでいたことがありまして、その頃は485系の「ひばり」とか「やまばと」なんかにはよく乗せてもらえましたが、583系にはついに一度も乗ることがありませんでした。
大柄なボディの「青い色の485系」は子供の目にはとてつもなくかっこよく映りました。

その後茨城へ。毎晩「ゆうづる」が583系で2本走っていましたが、時間的に走行シーンは見たことがありません。(小学生が深夜に出歩いていたら不良かと思われちゃう?!) 上り「ゆうづる」も茨城県内の通過はド早朝だったんですよね。

>JR東日本の583系の字幕
臨時列車での利用を想定して多彩な愛称を組み込んでいるようですね。
東の動態保存(?)編成は床下が明るいグレーに塗られているので、昔憧れた583系のイメージとは若干違う「新車っぽさ」がどことなく・・・。

くずはEX : 2010/06/06 (日) 00:32:49

こんばんは。

スミマセン、記憶をちょい訂正いたします。

写真を見直してみたところ、<きたぐに>には前述の前、1979年4月にも乗っていて(大阪~金沢)、12系座席+10系寝台はその時のものでした。

1984年2月の時は、座席車は14系で寝台車は写真がなく未確認です。

お詫びするとともに訂正させていただきます。
テキトーなことを書いてしまい、申し訳ございません。

<きたぐに>のバラエティに富んだ編成は、客車時代の名残でしょうね。

客車から電車になる際、『<きたぐに>にA寝台がないなんて有り得ない!』ってことから583のA寝台が無理やり誕生したのだと記憶しています。

A寝台さえあれば、B寝台もグリーン車も自由席も指定席も設定できますから、583ならば。




京九快速 : 2010/06/06 (日) 13:39:51

くずはEXさん こんにちは

><きたぐに>のバラエティに富んだ編成
グリーン車にはフリースペースもありましたし、これであとは「サシ581」が連結されていたら完璧?!

QUWA : 2010/06/07 (月) 16:07:32

10年以上前に、グリーン車に乗ったことがありますが…その、サロンがないタイプでした。しかも…満席…。

夏の時期で冷房も微妙に効いておらず、狭っ苦しかったです。
今ならA寝台に迷わず乗るかもしれませんけど…(笑)。

でも、何なんでしょう、懐古主義じゃあありませんが、嫌な車両には感じないですね。色々な種類の座席があるからなのかも。

京九快速 : 2010/06/07 (月) 20:33:55

QUWAさん こんばんは

寝台←→座席の転換が可能な583系ならではの、豊富な設備種類ですね。やろうと思えば、1つの車両に通路を挟んで片側が座席、片側が寝台なんて展開もできそう。「寝るときは寝台で、昼間は座席の方でお過ごし下さい」なんて、超長距離列車として走ったり。

サロンのあるグリーン車は、シュプール号とか夏のリゾート列車に投入されていた頃の名残のようですね。10年位前だと「きたぐに」にはオール座席のグリーン車が専属投入されていたみたいです。

ちゅう : 2010/06/09 (水) 20:04:17

こんばんは。懐かしい列車名に追加書き込みを...

>485系の「ひばり」とか「やまばと」
母の郷里は「横手」でしたので直通ディーゼル特急「つばさ」ばかりでしたが、幼稚園児の時に大雑把な叔父に連れられて行った時は既に直通は出た後で、東北本線周りで485系の「ひばり」に初乗車!(これのみ)。北上まで行くも最終は既に無く、タクシーで横手まで。
この時、既に旅のトラブルが楽しいことを味わってしまったのかも...

高校2年の夏休み、別々の高校に通う中学時代の友人達と4人で青森・十和田湖へ旅しました。行きも帰りも急行十和田の常磐線経由です。友人は、既に簡リク化されていた座席なのを知っていて選んだそうですが、私は全く疎かったです。(八甲田が簡リク化されたのは数年後)
3泊目以降は未定だったのですが、青森駅で青函連絡船を見た私が「北海道に行こう」と言ったのだそうです。全く記憶が無いのですが(笑)...北海道に通う事になるのは、運命だった様です。

以来、急行十和田が亡くなるまでは常磐線経由が主でした。この経路が好きだったのは上野への到着時間が遅い(笑)のと、途中駅での私鉄車両を見るのが楽しかったから。水戸駅では、10分弱の停車時間(長いですよね)でお弁当を買って、水戸納豆をお土産に。(その数年後には、勤務地の品川駅に何故か水戸納豆の売り場が出来て、有難みが急速に低下・・・)

京九快速 : 2010/06/10 (木) 18:10:39

ちゅうさん こんにちは

特急「つばさ」というと私はやっぱり真っ赤なヘッドマークの485系のイメージ。行き交う東北特急の絵入りヘッドマークの印象では「ひばり」が一番好きだったと記憶しています。
必ず連結されていた食堂車では、おそらく一度も食事させてもらえることはなかったと。特急「白山」を高崎から上野まで乗った時に、親父にオレンジジュース買ってもらいました。(きっと自由席満席で食堂車でチビチビ粘って上野まで座っていたんじゃないかと(笑))

運命の北海道。
私の初北海道は親族旅行で。今でも愛してやまない全日空のボーイング747SRジャンボに初めて乗ったのがこの時でした。
その約10数年後に初めての北斗星に乗るまで北海道とは接点がありませんでした。C62のSLニセコやアルコン・フラノ・トマサホまでが揃っていた時期を逃したのは今もって悔やまれますが、青函連絡船を体験することができなかったのは廃止時がまだ中学生だったのを考えるとこれは仕方ないかなと・・・・

>青函連絡船を見た私が「北海道に行こう」と言った
で、北海道へ渡ってしまう旅行そのものがステキです。トンネルも「北海道へ抜けた!」という実感がありますが、時間を掛けて海峡を船で渡るのはもっと「渡道」の実感がありそうですね。

>急行十和田・・・上野への到着時間が遅い
年代が合うかどうかわかりませんが、上野に10:00過ぎくらいに到着する急行十和田を沿線で何度も見た覚えがあります。

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