fc2ブログ

05

27

コメント

【1995年7月】 仙台・新幹線車両基地まつり

(約25年前のネガフィルムをデジタルサルベージした画像で、当時の模様をお伝えする旅行記です。
 一部の画像はフィルムの劣化や退色などでかなり見難いことをご了承ください。)


宮城県は仙台にある、JR東日本の全ての新幹線のマザーベースである「新幹線総合車両センター」。
毎年夏ごろに車両センターの公開イベントが行われて大変な人気を呼んでいますが、この公開イベントはかなり昔から行われていて、1990年代に私も何度か行ったことがあります。


今回の過去レポートは、1995年7月に仙台の新幹線車両基地まつりに行った時の模様です。



仙台へは、最寄駅の土浦駅から「スーパーひたち」1号に乗っていきました。
19950723sendai001.jpg





この頃の「スーパーひたち」1号は、いわき始発仙台行きとして運転されていましたが、1994~1996年頃の夏季繁忙期に限り、水戸始発で運転されたことがあり、この1995年に限り、水戸からさらに南下した土浦駅始発で運転されたことがありました。

19950723sendai002.jpg

付属編成の4両編成で土浦から仙台までの運行でした。
いわきから仙台までは通常の「1M スーパーひたち1号」のダイヤに乗るので、土浦発は朝5時台の発車でした。

19950723sendai003.jpg

今なら指定席を確保して、「スーパーひたち1号 土浦→仙台」というレア指定券を入手するところですが、この時は自由席で仙台まで向かいました。

土浦から意気揚々と乗り込みましたが、案の定、乗客は皆無で、水戸まで貸切状態でした。
水戸から先でポツポツ乗ってくる人がいたものの、臨時運行で延長運転する必要があるのか、素人でも疑問に思うほどの悲惨な乗客数でした。
(この状況が、1シーズンしか運転されなかった理由なのかも)



仙台からは利府線に直通する東北本線の普通電車に乗り換えて、新利府駅で下車すると、もうそこは新幹線の車両基地です。


新幹線の車両基地は、今までに開放イベントで行ったことのある電車基地とは比べ物にならないほど広大で、非常にびっくりしました。

まずは、こうした基地開放イベントの目玉でもある、車両展示コーナーへ。

925形新幹線。 かつては東北・上越新幹線にも「ドクターイエロー」が走っていました。
19950723sendai004.jpg
「S1」編成と「S2」編成の2本が在籍していましたが、この日展示されていたのは「S2」編成のほうでした。


車両研修庫の中には、鼻の部分を取り外されて、牽引用連結器を出した200系がいました。
19950723sendai005.jpg
車両研修庫の中には入場中の新幹線がいっぱい見られるかと思ったら、この200系しかいませんでした。
ちょうど夏休みに入った時期だったので、多くの臨時列車に駆り出されていて、入場している新幹線は少なかったのでしょう。



研修庫をさらに進むと、今回のイベントの目玉展示車両のひとつが見えてきました。


今では絶滅危惧種となった、ピンク帯のE3系。
19950723sendai006.jpg
一番最初のE3系編成で、「S8」編成を名乗る試験走行車です。
このイベントの2~3か月前に陸揚げされたばかりで、まさに「生まれたばかりのE3系」です。


E3系の「S8」編成は深夜の高速試験運転が中心で、ほとんど一般人の目に触れることがなかった、今でいう「アルファエックス」みたいな存在でしたので、こうして目の前で生で見られて非常に感激でした。
19950723sendai007.jpg
この「S8」編成は、のちに秋田新幹線開業後に量産化改造が施されて、「R1」編成として、秋田新幹線「こまち」の戦列に加わることになります。

19950723sendai008.jpg


パンタグラフカバーの形状が量産車とは異なっています。
19950723sendai009.jpg
パンタグラフカバーは空気の圧力で上下に動く仕組みになっていて、在来線区間ではパンタカバーを下げて、新幹線区間ではカバーを上げて走行させていました。


車体サイドに描かれたロゴマークは「/// Series E3」
19950723sendai010.jpg
この当時は、まだ秋田新幹線は開業前で、E3系に「こまち」の愛称すら生まれていなかった頃です。
試験車時代はこのロゴマークを掲げていましたが、量産車化で「こまち」のロゴに塗り替えられました。


E3系のとなりに展示されていたのは、925・926形。 「STAR21」の愛称で有名な高速試験車です。
19950723sendai011.jpg
こちらも深夜帯の試験走行が任務だったので、日中に見かけることは稀でした。

1993年12月に時速425Km/hを記録した時を記念して、レコードホルダーのロゴが入れられていました。
19950723sendai012.jpg

反対側の東京方の先頭車は、屋外に出た状態でしたが、撮影しにくい位置にいて、サイドからしか撮影できませんでした。
19950723sendai013.jpg

19950723sendai014.jpg

19950723sendai015.jpg

「STAR21」の試験データをもとに、E2系・E3系新幹線が生まれ、実際にこの1995年にはE2系・E3系の先行車・試験車が誕生していましたが、「STAR21」による試験走行はこのあとまだ3年ほど続き、1998年に全ての試験スケジュールを消化して廃車となりました。




新幹線車両基地のイベントで、今も昔も一番人気のアトラクションが「新幹線体験乗車」。
営業運転に就いている新幹線車両に乗って、基地構内を往復乗車するイベントです。

現在の「新幹線体験乗車」は、事前にハガキなどで抽選に申し込んで当選すれば乗車参加できるシステムになっていますが、当時は、指定された時間までに集合場所で並んでいれば乗車体験することができました。


この年の乗車体験列車に使用されていたの3車種で、まずは200系新幹線。
19950723sendai016.jpg

19950723sendai017.jpg

今だったら間違いなく一番人気でしょうが、当時の東北・上越新幹線はほとんどの列車が200系で運転されていたので、イベントに来た一般客は別として、新幹線ファンからは一番の不人気でした。

19950723sendai018.jpg
晩年に残った200系は全て延命更新改造が施されていたので、角張った運転席窓にグリーンラインの姿が今となっては懐かしいですね。



前年の1994年に登場したばかりのE1系「Max」も、体験乗車列車に登板していました。
19950723sendai019.jpg

E1系は、1994年に1次車2編成が登場して、1編成が東北新幹線「Maxやまびこ」「Maxあおば」、もう1編成が「Maxあさひ」「Maxとき」で使われていて、東北新幹線の運用は毎週水曜日・木曜日は検査運休で200系が代走するという、予備編成無しの運用が組まれていました。

このイベントの4か月前に第3編成が増備され、運用に余裕が出たため、デビュー1年後に満を持して体験乗車列車に登場となりました。

この日にイベント登板していたのは、1次車の「M2」編成でした。
19950723sendai020.jpg
グレーのツートンカラーにピーコックグリーンの帯を巻いた姿が懐かしいですね。

この「Max」ロゴは、後年、E4系「Max」にも引き継がれることになります。
19950723sendai021.jpg


19950723sendai022.jpg
当時のオール2階建て新幹線マックスは、運転本数が少なかったこともあって大人から子供まで憧れの存在であり、CM効果で抜群の知名度を誇っていたので、体験乗車の行列を見ても一番人気だったように見えました。






そして、体験乗車に登板したもう1車種というのが、なんと、この年に登場して試験走行を開始したばかりのE2系新幹線!
19950723sendai023.jpg

E2系の量産先行車は、北陸新幹線向けのE2系(S6編成)と、東北新幹線向けでE3系との併結機能を備えたE2'系(S7編成)の2編成がありましたが、この日の体験乗車に登場したのは、北陸新幹線向けのS6編成でした。

まだ登場したばかり、しかも旅客営業運転を一度も行っていない「試験車両」をイベントの体験乗車列車に登板させるとか、今では到底考えられないことで、当時は縛りが緩かったのか、時代が大らかだったのか、イベント会場でもいろいろとピリピリした雰囲気がある現代に比べると、「良い時代だったんだなぁ」と思わずにいられないです。

19950723sendai024.jpg

19950723sendai025.jpg

19950723sendai027.jpg




E2系の量産先行車とその後登場した量産車では、先頭部分の表情が微妙に違うのはご存じでしょうか?

19950723sendai026.jpg
( ↑画像は量産先行車。    ↓画像は量産車)
19950723sendai034.jpg

見比べてみると、運転席窓からノーズ先端までの流線形状が、量産先行車はキレがある鋭いデザインなのに対して、量産車ではふくよかに曲線を描くような柔らかいフォルムになっています。

量産先行車での試験走行を繰り返した結果、先頭形状にボリュームを持たせたほうが「トンネルドン」の騒音対策に効果があると分かったため、量産車では優しい顔つきになったと言われています。

また、運転席上部にあるヘッドライトケースの脇(助手席側)ですが、先行量産車では黒く塗りつぶされているのに対して、量産車では窓になっていて、視界の向上化が図られているという違いもあります。






私も体験乗車に参加してきましたが、もちろんお目当てはE2系新幹線です!

イベント会場では体験乗車列車の時刻表が配られ、どの時間の列車にどの形式が充当されるか記載がされていましたので、E2系を狙って乗ることが可能でした。
(もっとも、行列の長さから見ても、E2系よりもE1系マックスの充当される列車のほうが人気だったので、E2系に乗るのは並んでいれば必ず乗れるという感じでした)


いよいよE2系に乗車です。
19950723sendai028.jpg

E2系の先行車は、量産車とは違う内装の座席を備えていたので、この時に車内や座席の様子を撮っておけばお宝写真になったであろうに、当時の私は車内の写真を一枚も撮っていませんでした。 なんと、もったいないことを・・・・・。


ゆっくり走る平屋建ての新幹線から見る車窓は、視線の高さ的には200系も最新鋭E2系も変わらないってことで・・・・
やはり、オール2階建てマックスのほうが大人気だった理由がよく分かったような気がします。


体験乗車列車から下車する時、E2系の運転台の写真を撮ることができました。
19950723sendai029.jpg
今見ると、むしろ「E5系」とか「アルファエックス」なんかに比べて古臭い運転台に見えますが、当時は、あまりにもスッキリした運転台に「未来チック」というか「試験車両っぽい感じだな」なんて印象を受けました。


運転台の見学を終えて戻る時に、E2系の目の前を横切って行くことができました。
19950723sendai030.jpg
正面から見ても、見慣れたE2系の量産車と比べて、ノーズが短くて顔が細いように見えますね。

この時は、200系に替わってこのスマートな車両がJR東日本の新幹線の大多数を占めるようになるとは、先々予想はできても、E2系ばかりがガンガン走っている光景は想像もできませんでした。





車両基地のイベントでファンのお楽しみといえば、鉄道廃品とかグッズの販売にもいろいろ期待しちゃいますよね。

この時、廃品販売として200系の行先表示器から抜き取られた方向幕の販売が行われていました。
ロール1本物ではなく、「やまびこ」「あさひ」「あおば」「とき」の愛称ごとに切り取られたものでした。

速達タイプの「やまびこ」「あさひ」は早くに完売となったようで、私が売り場に行った時には「あおば」と「とき」がちょっとだけ残っているだけでした。

上越新幹線の「とき」の愛称には、幼少時に181系・183系時代から思い入れがあったので、喜んで「とき」を1本購入しました。
19950723sendai031.jpg




このほかにも新幹線グッズが販売されていましたが、あんまりお金を持っていない貧乏学生だったので、「とき」の方向幕以外は、新幹線車両基地の限定販売オレンジカードセットだけを購入しました。
19950723sendai035.jpg
当時は「仙台総合車両所」という施設名だったみたいですね。

カード台紙は3つ折りの豪華な装丁で、表紙をめくると車両基地で行われる作業を紹介する写真。
19950723sendai036.jpg
100系顔のピンストライプ2000番台も懐かしいですが、左側写真の100系顔でノーマル帯のレア車が写っているのもポイント高いです。

台紙の中には、E1系、E2'系、E3系の3枚のオレンジカード。
19950723sendai037.jpg
JR東日本の新形式新幹線の初期トップスリーが、登場直後の姿で揃っているところに20数年の時間の流れを感じます。





帰りは、新利府駅から東北線と常磐線の普通電車を乗り継いで、茨城まで帰ってきました。
19950723sendai032.jpg

19950723sendai033.jpg

今だったら、間違いなく特急か、新幹線との乗り継ぎで帰ってくるんですけどね。

仙台から土浦までドン行を乗り継ぎとか、今ではもう(体力的に)絶対に無理なのを考えると、「あの頃は若かったなぁ・・・」と。






(おしまい)


関連記事

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

京九快速

Author:京九快速
ちょいちょいアップします。

カテゴリ

月別アーカイブ

Designed by

Ad