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【2001年7月】寝台特急「富士」号で行く初めての九州旅行



(約20年前のネガフィルムをデジタルサルベージした画像で、当時の模様をお伝えする旅行記です。
 一部の画像はフィルムの劣化や退色などでかなり見難いことをご了承ください。)


東京と九州を結ぶ寝台特急がまだ健在だった頃、都区内発と九州を往復できる割引切符が、一部の繁忙期を除いて通年販売されていました。

「九州往復割引きっぷ」という名で、往路の「ゆき券」は東京始発の寝台特急のB寝台が利用できました。
2001fuji001.jpg



復路の「かえり券」は、東海道・山陽新幹線の「ひかり」号と「こだま」号の指定席が利用できました。
2001fuji002.jpg

「ゆき」の寝台特急B寝台利用と、「かえり」の新幹線指定席利用は固定で、「ゆき」に新幹線、「かえり」に寝台特急B寝台の利用は不可。
これはおそらく、九州側で販売されていたの「東京往復割引きっぷ」が、九州→東京の「ゆき」は寝台特急B寝台利用、東京→九州の「かえり」は新幹線指定席に固定されており、双方の切符の利用客を均等に寝台特急と新幹線に振り分けるための施策ではないかなと思います。


2001年7月に、この往復きっぷを利用して、初めて九州へ旅行に行った時の旅行記です。


この頃、東京発の九州ブルトレは完全に凋落しきっており、寝台特急「富士」と併結運転になった「さくら/はやぶさ」の、愛称は3列車ですが、実質的な運転本数は2本にまで減っていました。

この3列車のうち、東海道ブルトレの中では一番好きな愛称の「富士」のB寝台を確保しました。
幼少の頃に家族旅行で「富士」に乗って西鹿児島(今の鹿児島中央)まで行ったことがあるので、東海道ブルトレの中でも思い入れのある列車でもあります。
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往復割引きっぷのB寝台券無料発券を利用しているので、金額の欄は「¥***」になっています。

「上段寝台」が指定されていますが、たぶん「下段は走行音や通路を行き交う人の足音や物音がうるさいかな」と思ったのと、「ハシゴを上ってベッドに入る上段寝台を体験してみたい」と思って、わざわざ上段寝台を指定して寝台券を発券したもらったんだと思います。


東京駅を16時56分に発車する寝台特急「富士」。 
2001fuji004.jpg
寝台特急「富士」の東京発車時刻は、長年18時台で固定されてきましたが、「さくら」「はやぶさ」の併結化で「富士」は東京発16時台に繰り上げられました。

電光表示板にも出ていますが、「食堂車・車内販売はない」ことが、駅の放送でも繰り返されていました。



品川客車区からの回送列車を牽引してくるのは、「富士」の後に東京を発車する「さくら/はやぶさ」を牽引するEF66型機関車。
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「富士」の客車から切り離された後、神田方の留置線に入り、「富士」の発車後に東京駅のホームを素通りして品川方の留置線に入り、「さくら/はやぶさ」の客車が回送されてくるのを待つという、「機関車の段落とし」的な機回し運用が日常的に行われていました。


EF66型牽引区間の「さくら/はやぶさ」のヘッドマークは、淡い色調なのとロゴマーク風のイラストと文字だったので、昔から九州ブルトレを知っているファンには、あまり評判は良くなかったですね。
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EF66型機関車が切り離されると、顔を出すのは「スハネフ14」。
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トレインマークの「富士」。 国鉄時代から脈々と受け継がれてきたデザイン、かっこいいですね。
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下関方は「カニ24」電源車です。
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東海道ブルトレの「カニ24」は車両によってけっこう細かい差異があるみたいで、
・トレインマークの周りの白縁取りの有無
・短い銀帯がトレインマーク脇にある
・短い銀帯が下部マイクロスカートにある
・後部窓にワイパーの有無
などなど。


客車が東京駅に入線した後は、このカニ24の前に「富士」を牽引するEF66が連結されるのですが、電源車を含めて15両編成はホームにいっぱいいっぱいで、機関車の先頭部はホームからはみ出してしまっていました。
そのため、下りの「富士」「さくら/はやぶさ」は、東京駅でEF66型機関車がヘッドマークを掲げた姿を見ることはできませんでした。

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(EF66が山型の「富士」マークを掲げたイメージ。上り列車の東京到着時に撮影)


東京駅の10番線に長い青い車体を横たえる「富士」号。
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写真手前の車両は「ロビーカー」、その次の車両はA寝台個室「シングルデラックス」。

この頃の「富士」号の編成はこのようになっていました。

←大分 荷-①Bネ-②Bネ-③Bネ-④Bネ-⑤B-⑥ロビー-⑦A1-⑧Bネ + ⑨Bネ-⑩B1-⑪Bネ-⑫Bネ-⑬Bネ-⑭Bネ 東京→

1号車から8号車は24系で、9号車から14号車は14系という、異形式併結列車でした。
これは1999年の「さくら」「はやぶさ」の併結運転化から行われた運用で、24系と14系が編成単位で日常的に併結運転するというのは、国鉄時代からの長いブルートレインの歴史の中でも史上初のことで、当時のファンには驚きの出来事でした。

「さくら/はやぶさ」と「富士」では共通の編成が使われ、「さくら/はやぶさ」で運転の際は、1号車~8号車の24系編成は「はやぶさ」、9号車~14号車の14系編成は「さくら」に使われていました。


元々は24系の個室車両だったB寝台1人用個室「ソロ」は、「オハネ15-2000」になり、14系に編入。
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九州ブルトレのB個室「ソロ」は1989年の登場以来、「富士」「はやぶさ」の専用車両という感じでしたが、「さくら/はやぶさ」の併結化で初めて「さくら」へコンバートされました。
その後、「さくら」の廃止後は、再び「富士」「はやぶさ」へと戻ることになります。


かつては「西鹿児島」まで日本最長距離運転のレコードホルダーだった「富士」ですが、「宮崎」止まりになり、1997年には「大分」止まりにまで運行区間が短縮されました。
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乗車した日は、学生さんはもう夏休みが始まっていた頃ですが、車内はどの車両もガラガラでした。

ロビーカーも東京駅発車時点では無人で、私一人の貸切状態。
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個室寝台の利用ではなかったので、乗車中はけっこう長い時間ロビーカーを利用しましたが、いつ行ってもごくたまに人が通りかかる程度で、乗車したほぼ全区間いつでもロビーカーを貸切利用できるという贅沢さ。

こうしたフリースペースは各々の寝台にいることに飽きた時の気分転換にももってこいな設備ですが、それだけ乗客が少なかったということでしょう。



わずかな乗客を乗せて、「富士」号は東京駅を定刻に発車。
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品川の車両基地で休んでいる「サンライズエクスプレス」を横目に見ながら、なかなかのスピードで東海道線を西下していきます。



夜の始発駅から旅立ち、ネオン街の車窓を見ながら走るイメージが強いブルートレインの中で、真夏の頃の「富士」号が東京駅を発車する頃はまだ陽も高く、真っ昼間に寝台特急で東京を経つという不思議な感覚。


有楽町・新橋・浜松町・・・・と、都心の駅を通過していきますが、こちらの「富士」号が走り去っていく姿に目を向ける人の視線も少なく、一般の人には特に関心もない存在になってしまっているかのようでした。

まだこの頃は、「富士」「さくら/はやぶさ」の九州ブルトレ以外にも、下関行きの「あさかぜ」、出雲市行きの「出雲」、新型車両の「サンライズ出雲/瀬戸」に、大阪行き急行「銀河」が夜行列車で残っていて、寝台特急の廃止報道が賑わう前だったので、これらの列車への注目度はさほど高くなく、停車駅や通過駅でこれらの列車に熱心にカメラを向けて記録する鉄道ファンもそう多くはなかったです。



途中の横浜でもほとんど乗車してくる客はおらず、素人目にも「この乗客数では、走らせるだけ採算割れだろう」というのが、車内の雰囲気や空気感からも分かるような状況。




下り「富士」の場合、最後尾の「スハネフ14」の貫通ドアの窓越しから後展望が楽しめます。
(上り列車はこの向こうに機関車が連結され、最後尾は電源車なので後ろ展望が見られません)
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ちょうど、根府川橋梁を通過しているところです。


すれ違いの列車は、167系アコモ改善車の臨時快速「伊豆マリン」号。
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熱海の手前ぐらいですが、空はまだまだ明るいです。



車内をぐるっと見てみます。

B寝台は昔ながらの2段式開放型寝台。ベッドやカーテンの張替えが行われていて、車両によって雰囲気が異なっています。
これは落ち着いたカラーリングの「787系つばめ」仕様。
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こちらはシティポップ風の派手めな装いの「883系ソニック」仕様。
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7号車のA寝台1人用個室「シングルデラックス」
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個室ドアが木目調になっていますが、基本的に国鉄時代からの無機質な雰囲気は変わらないですね。


「シングルデラックス」の個室の内部。 今見るとなんともノスタルジーな雰囲気です。
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ベッドのモケットは、787系「つばめ型車両」のグリーン車「トップキャビン」で使われている柄の物に張り替えられていますが、こちらも全体的に無機質で冷たい感じが否めません。



こちらも個室車で、10号車のB寝台1人用個室「ソロ」。
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「北斗星」で採用された、枕木方向に個室が上下二段に並ぶスタイルとなっています。
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B寝台と同じ料金でこの個室が利用できるとあって、非常に人気の高い個室だったそうですが、この時は全個室の半分も埋まっていないような状況でした。

ちなみに、「九州往復割引きっぷ」ではこのB個室「ソロ」は利用できませんでした。


デッキ部は、トイレや通路仕切りのドアが「783系ハイパーサルーン」風にメタリックな色調の物になっていましたが・・・・
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肝心の洗面台やトイレなどの設備そのものは、ご覧のとおり「え?今時これ?!」と思うような古さ・・・
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東京駅で購入したお弁当で晩ごはんです。
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パッケージの絵柄から、「700系新幹線弁当」のようです。
わざわざ東京駅でJR東海側の弁当屋まで行って買ってきて「富士」に乗り込んでいた模様。

700系新幹線の引退時にこの弁当の復刻版が発売されましたが、当時と復刻版では中身は全然違っていたみたいですね。





「富士」号にはロビーカーこそあれど、車内販売無し・食堂車無し・シャワー設備無しで、「北斗星」で一晩過ごすのと比べて時間が過ぎるのが恐ろしく長く感じられました。

スピードはかなりの速さで走っていて、「時代遅れのブルートレイン」とは言え「特急」の風格は充分と言えるものでしたが・・・

とにかく「体感時間」の流れが非常にゆっくり。


ただ列車が走るままに車窓だけを眺め、何にもしない退屈な一晩を車上のベッドに横たわって、時間の流れに身を任せて1,000Km先を目指す。

しかし、今となってはこの「夜行列車で過ごす退屈な一晩」さえもが、もう失われてしまって取り戻せない贅沢なものですね。




私の乗っていた車両は、全体で私を含めて4-5人しか乗っていなかったと記憶しています。
手元に残っている寝台券を見ると、私が乗ったのは12号車でしたので、「オハネ15-1100番台」だったはず。
寝台区画は4人用8区画、2人用1区画で定員は34名なので、この車両の乗車率は10%台という惨憺たる乗客数です。


私が利用していた4人用寝台区画も、利用者は私一人だけ。
上段寝台の寝台券を持っていましたが、乗っている人があまりに少ないので、通り掛かった車掌さんに下段寝台を使ってもいいか聞いて、同じ寝台の下段を使わせてもらいました。


ロビーカーにいると走行音が「ガダンガダン」とうるさく響いて風切音も耳をつくのに対して、寝台客車にいると走行音は籠ったような「コトンコトン」という音が心地よく聞こえ、風切音もほとんど気にならないという、「音の違い」が今でも鮮明に記憶に残っています。

乗車した時のロビーカーも元は寝台客車から改造された車両ですが、寝台の仕切りを取り払うと、車内に響いてくる音がこんなにも変わるものなのかと驚きました。
(九州ブルトレのロビーカーは、食堂車から改造された車両と寝台車から改造された車両の2タイプがありました)


国鉄がすでに財政面で苦しくなっていた時代に作られた車両とはいえ、乗客が一晩寝て過ごす「寝台客車」の防音に対する居住性には、手抜きは一切しなかった国鉄のプライドを感じさせる一面でした。


乗車前は「下段寝台だと走行音や乗客の足音が気になって眠れないかも」と心配でしたが、乗客の足音や物音は乗客そのものが少なすぎたので気になることはなく、走行音もさほどのものでもなかったので、ゆっくり眠ることができました。
(音はさほどでもなかったのに対して、揺れはかなりでしたけど・・・)


久しぶりの寝台特急、そして初めての九州一人旅ということでなかなか寝付けず、結局、寝台に腰掛けて窓から見える夜景やすれ違う列車を眺めて、長い長い夜行列車の夜を過ごし、大阪を出た後に寝付きました。
時間はもう日付が変わった頃で、東京を出てから7~8時間経っていました。


ちなみに、途中の静岡・浜松・名古屋・京都・大阪といった主要駅から乗車してくる乗客はほとんどなく、東京駅を発車して以降わずかに乗客は若干は増えたでしょうが、基本的にガラガラで、誰も乗っていない車両もザラにありました。





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朝、目を覚ますと「富士」号は、瀬戸内海を望む海岸線沿いを走っていました。
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夜が明けて最初の停車駅が「新山口」で6時台の到着なので、たぶん朝4~5時台には目が覚めていたんだと思います。


「新山口」駅の手前では、SLやまぐち号に連結する「マイテ」展望車を見ることができました。
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下関到着は朝の7時頃。 関門トンネルに入るため、機関車を交換します。
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東京駅で撮れなかったEF66型機関車を撮ろうと先頭車まで走っていきましたが、あっという間に切り離されて車庫に行ってしまい、EF66型機関車の顔を拝むことができませんでした。


関門トンネル通過用のEF81型機関車が新たに先頭に連結されます。
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関門トンネルを通過して、すぐに門司駅に到着。
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門司から九州島内は、ED76型機関車が牽引します。


下関駅はあわただしく発車でしたが、門司駅では10分くらい停車時間があって、長距離列車の朝の長閑なひととき。
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どこまでも長く続くホームと天井を支える柱の意匠が、九州に上陸したいくつものブルトレを長年出迎えてきた歴史を感じさせます。


門司駅を出ると、すぐに小倉駅に到着。 東京から乗ってきた「富士」号を小倉駅で下車します。
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「九州往復割引きっぷ」の九州島内の下車有効エリアは北九州市内なので、この切符でブルートレインに乗って九州にやってきた乗客はほとんどがここ小倉駅で下車となります。


寝台特急「富士」号の一晩の旅はここまでとなります。




【1列車 寝台特急「富士」 時刻表】

東 京 16:56発⑩16:40頃入線
品 川   レ
横 浜 17:22
小田原  レ
熱 海 18:22-24
三 島   レ
沼 津 18:42 
富 士 18:57 
静 岡 19:24
掛 川  レ
浜 松 20:17-19
豊 橋  レ
名古屋 21:32-36
岐 阜  レ
米 原  レ
京 都 23:22-24
新大阪   レ
大 阪 23:53-55
三ノ宮  00:19
神 戸  レ
姫 路  レ
岡 山  レ
倉 敷  レ
福 山  レ
尾 道  レ
広 島  レ
岩 国  レ
柳 井  レ
下 松  レ
徳 山  レ
防 府  レ
新山口  6:10
厚 狭 6:40
下 関 7:10-15
門 司 7:23-31
小 倉 7:38
行 橋 7:58
中 津 8:21
宇 佐 8:40
別 府 9:34
大 分 9:47着





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このあとは、伝説のこの乗り放題切符で九州島内をめぐります。
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「九州グリーン豪遊券」。

いやぁ、マジで神きっぷでした。
この「豪遊券」ほど破壊力のある最強コスパの切符は、過去・現在に存在したの全ての乗り放題切符の中でも、唯一無二であると言い切れます。


で、この神きっぷを使って、当時JR九州がやっていたこのイベントに参加してきました。
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「トレインピック21」ですよ。 うひょー懐かしい!

2001年3月31日から2002年3月31日の1年間の間に、JR九州の21種類の特急に乗り、このパスポートに車掌さんから乗車証明印を押してもらい、全21列車を制覇したらパスポートを事務局に送って賞品を貰うというもの。
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制覇すべく21種類の列車というのは以下の通り。
・ソニック(885系)
・ソニック(883系)
・かもめ
・つばめ
・ドリームつばめ
・ゆふいんの森1・2・5・6号(キハ72:ゆふいんの森3世)
・ゆふいんの森3・4号(キハ71:ゆふいんの森1世)
・有明
・きらめき
・みどり
・ハウステンボス
・シーボルト
・ゆふ
・あそ
・SLあそボーイ
・にちりん
・にちりんシーガイア
・ドリームにちりん
・きりしま
・ひゅうが
・くまがわ


制覇はチョロいように見えて、実はけっこう大変。

「にちりんシーガイア」とか「くまがわ」とか本数が少ない列車も1種類にカウントされていて、「SLあそボーイ」とか九州在住じゃないと運転日を狙って九州に行かないといけない(しかも座席数が少ないので指定券が取りにくい)とか、けっこうハード。

しれっと「ドリームつばめ」・「ドリームにちりん」とか夜行特急も入っていて、頭を使ってルーティングしないと、一回の九州訪問ではなかなか制覇が難しいイベントでした。

(ちなみに、各列車の乗車区間は全区間を乗る必要はなく、1駅区間だけの乗車でも1列車制覇とカウントされる)




さて、「富士」号を降りた小倉駅からさっそく「トレインピック21」制覇を目標に、JR九州の特急乗り継ぎ旅行の開始です。

初めての九州、夢にまで見た憧れの787系・883系・885系といった水戸岡デザインの特急にたくさん乗れる!と否が応にも気分は高ぶりますが、そんな意気揚々なところに水を差すトラブル発生。

九州で最初の特急に乗った途端に、買って3年目の一眼レフカメラがうんともすんとも言わず、完全に死ぬというトラブル発生。

結局初めての九州旅行は、行く先々で「写ルンです」を買うというハメになりました。


というわけで、初の九州旅行の模様は、後年の九州旅行で撮影した画像にて、当時を再現したダイジェストで。


①【特急 きらめき1号】 小倉7:48→博多8:52 783系ハウステンボス編成
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②【特急 ゆふいんの森1号】 博多9:27→由布院11:42 キハ72系「ゆふいんの森3世」
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③【特急 ゆふいんの森3号】 由布院12:40→別府13:35 キハ71系「ゆふいんの森1世」
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④【特急 ソニック34号】 別府14:51→小倉16:05 885系「白いソニック」
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⑤【特急 ソニック36号】 小倉16:34→博多17:15 883系「sonic883」
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⑥【特急 ゆふ5号】 博多18:25→久留米18:58 キハ185「ASO&YUFU EXPRESS」
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⑦【特急 有明41号】 久留米19:14→熊本20:10 787系有明編成
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⑧【特急 つばめ25号】 熊本20:22→西鹿児島22:54 787系つばめ編成
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⑨【特急 ドリームつばめ】 西鹿児島23:45→博多5:46 787系つばめ編成
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⑩【特急 かもめ1号】 博多6:37→長崎8:35 885系「白いかもめ」
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⑪【特急 シーボルト2号】 長崎9:09→佐世保10:33 キハ183系「SIEBOLD」
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⑫【特急 みどり10号】 佐世保11:13→肥前山口12:07 783系みどり編成
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⑬【特急 ハウステンボス10号】 肥前山口12:12→博多13:00 783系ハウステンボス編成
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⑭【特急 つばめ13号】 博多13:05→西鹿児島16:54 787系つばめ編成
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⑮【特急 きりしま14号】 西鹿児島17:58→宮崎20:10 485系RED EXPRESS
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⑯【特急 ひゅうが10号】 宮崎20:25→延岡21:30 485系KIRISHIMA&HYUGA
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⑰【特急 にちりん13号】 延岡22:02→南宮崎23:08 485系RED EXPRESS
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⑱【特急 ドリームにちりん】 南宮崎23:30→博多6:29 783系HYPER SALOON
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⑲【特急 ソニック3号】 博多7:00→小倉7:58 883系「sonic883」
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九州島内の特急乗り継ぎ旅行はここまで。
まだ3日目の朝で、豪遊券の有効期限が丸1日残っていますが、仕事の都合で夕方までに帰らなければならず、ここから新幹線「ひかり」号で東京、茨城へ帰らなければならないことを考えると、ここまででタイムアップとなってしまいました。


帰りは、小倉から「ひかり」号を乗り継いで東京へ。

【ひかり360号】 小倉8:12→新大阪10:38 700系「ひかりレールスター」
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【ひかり228号】 新大阪10:40→東京13:42 300系
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今見ると、乗り継ぎ時間がけっこうタイトなところがあって、列車が数分遅れただけで乗り継ぎができなくなって全行程に影響が出るとか、よくまぁこんな無茶なルーティングを立てたもんだと、20年前の自分がこんなに怖いもの知らずだったことに驚きです。

九州島内の夜明かしは全て「ドリーム特急」を使っていて、ホテルに1泊もしてないとか、今の自分の体力とガタガタな体では到底無理な計画で、「あーこんな若い自分もいたんだなぁ」と感心してしまいました。



結局この時は「あそボーイ」「あそ」「にちりんシーガイア」「くまがわ」の4列車を未制覇で残してしまいましたが、これは2002年3月に再度九州へ行った際に乗車制覇したので、最終的に「トレインピック21」を全制覇することができました。


全制覇したパスポートを事務局に送って、後日届いた賞品がこれ。
2001fuji038.jpg
けっこうしっかりしたケースに入っていて、ピンズ共々けっこうお金掛かってるなぁと思える賞品でした。






(おしまい)


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おおよどライナー

いつもブログを楽しく見ております。
885系はこの記事の頃にデビューしたばかりですね。もう20年経ったのに外観は全然古くささを今でも感じないですね。
まだ特急つばめにビュフェがあった頃なんですね。
切符に印字されている、九州東京というのは、どこで発券したのですか?

03

02

00:17

京九快速

おおよどライナーさん こんにちは
コメントありがとうございます。

JR九州の787系以降の特急車は今でも全然古さを感じさせませんね。
883系のようなアクの強いデザインだと10年20年で一気に古臭さが出てしまうものですが、登場時のインパクトを今でも保っているのがすごいです。

指定券に印字されている「九州東京」ですが、この頃は東京の神田にJR九州の旅行センター「ジョイロード」の東京支店があり、豪遊券と指定券はそこで購入発券しました。

03

02

23:42

タムタム

787系が登場して間もない頃に乗り鉄しに行きました。博多までは往復夜行バスでしんどかったのを覚えてます。
その時は博多熊本をつばめ、熊本別府をゆふ、別府博多をゆふいんの森で周りました。当時はまだ水戸岡マジックが珍しい頃で、787系を見た時は凄い興奮しました。今では全国あらゆる所でマジック拝見出来ますけどね。
個人的には787系と近鉄アーバンライナーが特急車両の一つの到達点ではないかと思います。新しい車両色々ありますがこの2種を超える車両ってあるかなぁ、と考えてしまいます(設備面では新しい方に分がありますが)。

03

03

19:42

京九快速

タムタムさん こんにちは
コメントありがとうございます。

水戸岡デザインの列車が日本各地で走るようになるまでは、九州でしか乗ったり見たりすることができないという「希少性」のようなものが、余計に九州旅行に行きたい!という願望の元になっていましたよね。

787系が登場した年は、300系新幹線に400系新幹線、681系と話題性の高い車両が多く登場した年ですが、787系の斬新さは他の新型車を圧倒する桁違いのハイレベルな設備とデザインで驚かされました。

この旅行の時も、787系つばめは熊本→西鹿児島でトレインピックのスタンプを獲得してクリアーしているのですが、どうしても全区間で乗りたいために行程を調整して全区間での乗車を果たしました。
ビュッフェの写真もいっぱい撮ったのですが、写るンですで撮った写真は見るに堪えないものばかりで、現像で仕上がった写真を見てガッカリでした。

787系と近鉄アーバンライナー、どちらも近況を見るとまだまだ当分バリバリ現役で頑張ってくれそうですね。

03

04

10:13

急行ニセコ

東海道の寝台特急懐かしいですね。
まだ全てのネームが揃っていた頃に何度も乗りました。
私もブルトレブームの年代なのでヘッドマークを掲げた機関車に長い青い客車が連なる光景にはこの上ないカッコ良さを感じます。
EF66もいいですが、東海道といえばEF65P形です。
夜行もサンライズや豪華クルーズが走っていますけどあれは別物ですね。
ルポにも書いてある通りの何もやることがない、ただずっと夜通しひた走る車内から夜景を眺めて寝るだけというのが良いのです。
車窓をツマミにチビチビ酒を呑む一夜が寝台特急の旅の最高の醍醐味。

03

06

00:26

京九快速

急行ニセコさん こんにちは
コメントありがとうございます。

東京駅16時過ぎ、「さくら」を一番手に40分~1時間おきに青い車体の寝台特急が次々に発車していく光景は、我々の世代の鉄道好きには忘れられないものですね。
私は世代的に急行ニセコさんよりちょっと下で、東京-下関間の牽引機はP型よりもPF型のほうが馴染みがあります。

今のクルーズトレインは、それに乗ることが旅の目的という感じで車内も様々な趣向を凝らした設備がいっぱいですが、東海道ブルトレだと始発駅を経った旅立ちのワクワク感のあとに来る、寂莫感のようなしんみりとしたものが独特な旅情をかき立てるものだったように思います。

03

07

16:25

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