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【1994年7月】ハートランドフリーきっぷで東日本周遊 その1

(約25年前のネガフィルムをデジタルサルベージした画像で、当時の模様をお伝えする旅行記です。
 一部の画像はフィルムの劣化や退色などでかなり見難いことをご了承ください。)



私が初めて泊りがけで、遠方へ周遊旅行に出かけた時に利用したのが「ハートランドフリーきっぷ」です。
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JR東日本エリアの新幹線・特急・急行・普通列車の自由席が、連続する土日の2日間乗り放題となる切符です。

指定席やグリーン席や寝台列車を利用する場合は、別途指定券やグリーン券・寝台券を購入すれば、フリー切符の乗車券部分が有効となるルールはよくありますが、この切符がちょっと変わっていたのは、車内で指定席やグリーン席に余席があれば、自由席料金との差額を車内精算すれば指定席やグリーン席に移れるというルールが設定されていた点。
(ただし全席指定制でA特急料金を設定していた「スーパービュー踊り子」・「成田エクスプレス」と寝台列車にはこのルールは適応されず、この2列車と寝台列車に乗るには乗車前の指定席券・寝台券購入が必須でした)


JR東日本の発足直後に、東日本線全線とそのエリア内を走る新幹線・特急・急行の自由席が乗り放題になる「EEきっぷ(いいきっぷ)」というフリーきっぷが発売されたのが、今に続く「週末パス」の原点です。

その後、「スーパービュー踊り子」や「成田エクスプレス」といった全席指定特急が登場したのと、「その先の日本へ -bound for the Heartland, Japan」というキャッチコピーを大々的に使用し始めたのに合わせて、全線フリー切符の名称がこの「ハートランドフリーきっぷ」に変わりました。

JR東日本の乗り放題切符はその後、関東甲信越と南東北までにエリアを縮小して新幹線・特急の指定席が4回まで無料発券できる「土日きっぷ」、運賃部分のみ有効のフリーきっぷ「ウィークエンドパス」、そして現在の「週末パス」へと変わっていきます。



1994年の7月にこのフリー切符を利用して、東日本エリアの特急乗り継ぎ周遊旅行に出かけました。
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(この当時は、旅行に出かけた際に乗車した列車の車内の様子を写真に撮ることがなかったので、今回の旅行記はほとんど列車の外観ばかりの写真になります)

この周遊旅行の第一走者は、急行「東海」1号。
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東京を朝7時15分に出発して、東海道本線を西下し、静岡駅まで走ります。

車両はJR東海の165系急行型電車。
アコモ改善などは特に行われておらず、昔ながらのボックスシートがずらりと並び、窓は開閉可能でした。

車内はガラガラで、ほとんど貸切状態だった記憶があります。


あと、とにかく停車駅が非常に多かったような気がします。
東海道線の快速「アクティー」の停車駅とほとんど差がなかったんじゃないでしょうか。

急行「東海」は、この1年半後の1996年3月に373系に置き換えられて、特急「東海」に格上げされました。
165系引退前のグリーン帯復活や、かつての「東海」の復刻ヘッドマークを掲げての運転が非常に盛り上がりましたね。



急行「東海」1号を、熱海駅で下車。
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伊豆急行のリゾート21との並びを撮っていました。


熱海駅で撮り鉄。
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このリゾート21は4次車のEX編成。
伊豆急行線内の普通電車ですが、編成の真ん中に特別車両「ロイヤルボックス」を連結しているのが見えます。


伊豆急行の100系電車。
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「スーパービュー踊り子」と伊豆急100系。
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熱海からは「スーパービュー踊り子」2号に乗って、東海道線を東京へと戻ります。
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自由席がない「スーパービュー踊り子」には、そのままでは「ハートランドフリーきっぷ」では乗車できないので、あらかじめ指定席券を購入しておきました。
号車と席番を見てすぐ分かるかと思いますが、普通車の展望席最前列です。


根府川橋梁を通過しているところですが、ピントが車窓ではなく運転席のコンソールに合ってしまっています。
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池袋発の「スーパービュー踊り子」3号とのすれ違いですが、こちらもボケボケ。
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「スーパービュー踊り子」が登場したのは1990年の4月。
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「リゾート」に徹したゴージャスな内装で、2020年に引退するまで非常に高い人気を誇りました。


東京駅に到着です。
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東京駅から京浜東北線の快速に乗って、上野駅へ。

上野駅からは、信越線の特急「あさま」11号に乗車。
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「スーパービュー踊り子」2号からの乗り換え時間が非常にタイトだったので、最悪乗り遅れた時は高崎まで上越新幹線で追いかけるのを覚悟していましたが、意外にも余裕で間に合いました。

長野新幹線の運転が始まる前の特急「あさま」号は、時期や曜日を問わず混んでいる列車でしたが、この時は高崎まで自由席の通路側席に座ることができて、高崎駅で窓側席の人が降りて行ったので、高崎から長野まで窓側席に座れました。


特急「あさま」は、1990年からアコモ改善された「グレードアップあさま」編成が登場。
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11両で組成された編成はハイグレードアップ改造が施されましたが、9両編成は簡易的なアコモ改造に留まり、同じ「あさま」号でも9両編成に当たると「ハズレ」な感じが非常に強かったです。

この時乗った「あさま」11号は数少ない「直江津行き」でしたが、直江津行きの列車は9両編成が充てられるようになっていたので、「ハズレあさま」でガッカリでした。



車内では、車掌さんからオレンジカードを購入。
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この頃にはすでに首都圏でイオカードのサービスが始まっていましたが、まだまだオレンジカードのほうが主流という感じで、新幹線や特急の車内では「車内限定販売の絵柄のオレンジカードをご用意しています。車掌にお声掛け下さい」という案内も多かったです。



碓氷峠の横川駅では、ホームに出て「峠の釜めし」を購入。
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この3年後の1997年には、長野新幹線の開業と引き換えに特急「あさま」と「横軽」と「EF63機関車」は終焉を迎えます。
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(上2枚の画像は横川駅のイメージ。後年に撮影したもの)

この頃はまだ廃止フィーバーは始まっておらず、横川駅とあさま号も日常の光景という感じでした。



碓氷峠を特急「あさま」で越えるのは、この時が初体験でした。

エアを抜いた台車からダイレクトに伝わってくる振動と、後ろのEF63機関車がグイグイと押す感覚が背中に直接伝わってきて、車窓にも急勾配を上っているのが分かるほど。

ここ以外では絶対に体感できないもので、これ以降、撮影で「横軽」を訪れた時は必ずこの峠区間を往復乗車するようになりました。



「あさま」11号を長野駅で下車。
ほとんどの乗客が長野駅で降りてしまって、直江津方面まで乗り通す人はとても少なかったです。


長野駅で撮った飯山線のディーゼルカー。
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長野からは、特急「しなの」12号に乗ります。
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この当時は、まだ381系(JR東海所属)でした。
383系の先行試作編成が登場するのは、この翌月のこと。
本格的に383系の運用に移行するのは、2年後の1996年のことです。

私が「しなの」で381系に乗ったのは、この時が最初で最後でした。


381系自体、乗るのはこの時が初めてだったので、重心がすごく低いことと、カーブでの振り子動作がゴロゴロ転がる球の上に乗っているかのような感覚だったのが印象的でした。


松本で「しなの」12号を下車します。
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松本では乗り換え時間の合間に撮り鉄。

駅に出入りしている電車は、ほぼすべてが新信州色に塗り替えられていて、かなりの数の169系が快速や普通電車で活躍していました。
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偶然、国鉄色の「あずさ」が見られました。
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幕張区の183系を使用した臨時の「あずさ」号です。


松本駅では改札を出て、窓口でオレンジカードを購入。
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「新型あずさ」の、台紙付きオレンジカードを購入しました。

当時、地方支社が販売しているオレンジカードは絵柄が豊富で、こうした台紙がサービスで付いてくることも多かったので、旅行中に地方駅でオレンジカードを買うのも楽しみでした。



松本駅からは、その「新型あずさ」に乗車。

E351系はこの半年前の1993年12月に量産先行編成が登場したばかりで、一部の定期「あずさ」に曜日限定で投入されていました。
(営業運転に入るのは主に週末や連休中で、平日は中央東線で振り子や高速走行の試運転が行われていました。)
この当時、営業運転中の振り子機器は作動させない状態で運転されていたので、所要時間は他の「あずさ」と同じでした。

振り子機器を開放して、「スーパーあずさ」の愛称で高速運転を開始するのは、この半年後の1994年12月からです。


松本駅に隣接する車両基地から出庫するE351系。
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4両編成の付属編成で、松本駅構内を通過して、駅の北側にある待機線に入ります。

そこへ、南小谷始発の8両基本編成が松本駅に到着。
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画像右奥に見える4両付属編成がこのあとホームに入り、8両基本編成とドッキング。
松本駅から新宿駅からは12両編成で走ります。


ちなみに、新宿方が基本編成・南小谷方が付属編成の向きは、この1か月後に方向転換が行われ、新宿方が付属編成・南小谷方が基本編成に改められ、以後、E351系「スーパーあずさ」の全廃までこの編成向きでの運転となります。


先頭のLED表示に、まだ「スーパー」の文字はありません。
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行先表示幕にも、「スーパー」の文字はありません。
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新型「あずさ」の登場を告知するチラシ。 
登場当初は週末の臨時特急での運転で、平日は各種試験走行に供せられる日々でした。
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待望の新型特急なのに、「グレードアップあずさ」の3列グリーン席から4列グリーン席に退化してしまったのが話題になりました。
(グリーン席の横4列化は、これより前の255系「房総ビューエクスプレス」以降、JR東日本の新型特急の定番に)



先に長野から松本まで乗った381系「しなの」の低重心さに驚きましたが、このE351系「新型あずさ」はさらに重心と着席高さが低く、車内も卵型に極端に上窄まり形状となっているのに驚かされました。

この車内の狭さが気になるという人が多かったようですが、私は個人的にこの狭さに「包まれる」ような感覚があって好きでした。



新宿駅に到着。
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先頭のLED表示は、折り返しの「あずさ」31号を表示していました。
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東京駅へ移動して、地下の京葉線ホームへ。

特急「さざなみ」号は、この頃まだ183系が主力でした。
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外房線の通勤特急「ホームタウンわかしお」27号に乗車します。
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特に外房線方面が目的地というわけではなく、ただ255系「房総ビューエクスプレス」に乗りたかったというだけの理由です。


255系「房総ビューエクスプレス」は、この1年前の1993年7月に登場。
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651系(ビジネス特化)・251系(リゾート特化)・253系(空港アクセス)と、用途に合わせたコンセプトの新型特急を製造してきたJR東日本が初めて「ビジネスにもレジャーにも」と汎用性を持たせて開発した新型特急です。

「以後はこの255系タイプが各地の国鉄型特急の置き換えに登場するんだろうな」と思ったら、そっちの役割はE653系タイプが主流になってしまい、「255系の『汎用性』コンセプトはいったい何だったんだろうな」という展開に。

個人的には、「1997年の東京湾アクアライン開通の影響をモロに被った悲運の新型特急」というイメージがありますかね。



「ホームタウンわかしお」で255系には夜間の乗車だったのですが、車内の間接照明が異常に暗くて、紺色の座席とも相まって、真っ暗な中に座っているという印象でした。
逆に窓への映り込みが少なくて、車窓に見えるベイエリアの夜景がとても楽しめた記憶があります。


「ホームタウンわかしお」27号を蘇我駅で下車。
この時間だと東京方面へ向かう房総特急は、数分前に蘇我駅を発車して行ってしまう「さざなみ」号が最後なので、千葉まで出て総武線の快速電車で東京方面へ戻りました。



一日目の移動は、こんな感じでした。
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つづく


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タムタム

こうやって見ると、1994年はJR東日本の在来線特急の黎明期真っ只中という感じですね。つい最近と思ってたらもう四半世紀以上前なんですね。
一番の驚きは165系の急行「東海」。急行という種別がまだ存在し、しかも日本一の大幹線「東海道本線」東京口を、あのカラーリングでボックスシート健在だったとは。

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07

09:54

京九快速

タムタムさん こんにちは
コメントありがとうございます。

この頃は各路線とも国鉄型車両がまだまだ主力の座に就いていて、乗り鉄する側からすると新型特急と国鉄型特急にいろいろ乗れる楽しい時期でした。

急行「東海」は、JR化後の毎回のダイヤ改正で「今回こそ廃止か?!」と思ったものですが、けっこう長く活躍していましたね。
それが、今や165系はおろか485系や183系・189系も博物館などでしか見られない車両になってしまうとは・・当時は想像だにしませんでした。

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07

16:45

niko

この頃はまだまだ在来線特急が元気だった頃って感じですね…いやはや懐かしい…

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08

20:11

京九快速

nikoさん こんにちは。
コメントありがとうございます。

新幹線網が今ほど伸びていなかったので、特に東北はまだまだ「新幹線アクセス特急」がたくさん走っていましたね。
この頃は「はつかり」で583系の昼間の運用もあって、昼夜の活躍が見られた頃だったんじゃないかなと思います。
国鉄色の特急の写真、もっといっぱい撮っておけばよかったなぁと後悔してます。

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08

20:42

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