lounge SRG 見た目は大人、中身は子供!
さて、前回からの続きです。
1981年の12/1~24。年末年始帰省ラッシュが始まる前ですね。

サンタクロースがコンテナトレーラーやトーイングカーを運転しているユニークなイラスト。
そして年末年始のラッシュ増便に対応した時刻表。

1982年は戌年(いぬ)ということで、地上係員さんが犬を抱えてます。
日の出を背負ってトーイングされて来るスーパージャンボも、おおば比呂司さんの独特な描写ですね。
さらにその続きの1982年1月の普通ダイヤに戻った時の時刻表。

スーパージャンボにわざと色を付けなかったのは、雪が降りしきるイメージなのでしょうか。
こうして見ると、白黒のイラストでも、なんだか心がホッコリする優しいタッチです。
1982年2月号

右端のおおばさんの印とサインの下に小さく「AIRPORT」と書かれています。
一面の雪の向こうに見えるのは、千歳空港のターミナルビルでしょうか。
1982年3月号。

1979年からはB747SR-100が表紙を飾ることが多かったのですが、今号は「トライスター」が主役です。
地上係員さんの「いってらっしゃーい」のお手振り見送り、出発シーンですね。
ちょっと飛んで1982年5月号。

YS-11とL-1011の競演という、一定の年代以上の方には涙が出るほど嬉しくなるような表紙。
当時の全日空の主役機のほかに、旅客機黎明期に活躍した機体の紹介が加えられています。
「1922年(大正11年)日本航空輸送研究所は11月15日、堺-高松間に定期航空輸送を始めた。
軍より払い下げを受けたイ号甲型水上機」
1982年9月号

スーパージャンボの横に描かれているのは昔の飛行艇。愛称は「きりん号」
「昭和11年 日本航空輸送研究所では海軍より払い下げを受けた、スーパーマリン“サザンプトン”飛行艇を改造。
乗員・乗客15名をのせて、定期便に使用した。
機内ではビールのサービスがあってスチュワーデスと共に活気があったという」
さらに一気に進んで1982年~83年の冬季帰省ラッシュ増便にあわせた時刻表。

表紙の主役はもちろん「スーパージャンボ」。
1983年2月号。

夕焼けの空をバックに、雪原のようなランウェイにディセンドしてくるスーパージャンボ。
この号かもう一月前の1983年1/11~31号からかはわかりませんが、おおばさんのサインが変わっています。
そしてこの号を最後に、おおばさんのイラスト表紙は終わります。
次号からは、ANAの保有する機体の写真が表紙に取って代わられましたが、それはまた別のお話し・・・。
1981年の12/1~24。年末年始帰省ラッシュが始まる前ですね。

サンタクロースがコンテナトレーラーやトーイングカーを運転しているユニークなイラスト。
そして年末年始のラッシュ増便に対応した時刻表。

1982年は戌年(いぬ)ということで、地上係員さんが犬を抱えてます。
日の出を背負ってトーイングされて来るスーパージャンボも、おおば比呂司さんの独特な描写ですね。
さらにその続きの1982年1月の普通ダイヤに戻った時の時刻表。

スーパージャンボにわざと色を付けなかったのは、雪が降りしきるイメージなのでしょうか。
こうして見ると、白黒のイラストでも、なんだか心がホッコリする優しいタッチです。
1982年2月号

右端のおおばさんの印とサインの下に小さく「AIRPORT」と書かれています。
一面の雪の向こうに見えるのは、千歳空港のターミナルビルでしょうか。
1982年3月号。

1979年からはB747SR-100が表紙を飾ることが多かったのですが、今号は「トライスター」が主役です。
地上係員さんの「いってらっしゃーい」のお手振り見送り、出発シーンですね。
ちょっと飛んで1982年5月号。

YS-11とL-1011の競演という、一定の年代以上の方には涙が出るほど嬉しくなるような表紙。
当時の全日空の主役機のほかに、旅客機黎明期に活躍した機体の紹介が加えられています。
「1922年(大正11年)日本航空輸送研究所は11月15日、堺-高松間に定期航空輸送を始めた。
軍より払い下げを受けたイ号甲型水上機」
1982年9月号

スーパージャンボの横に描かれているのは昔の飛行艇。愛称は「きりん号」
「昭和11年 日本航空輸送研究所では海軍より払い下げを受けた、スーパーマリン“サザンプトン”飛行艇を改造。
乗員・乗客15名をのせて、定期便に使用した。
機内ではビールのサービスがあってスチュワーデスと共に活気があったという」
さらに一気に進んで1982年~83年の冬季帰省ラッシュ増便にあわせた時刻表。

表紙の主役はもちろん「スーパージャンボ」。
1983年2月号。

夕焼けの空をバックに、雪原のようなランウェイにディセンドしてくるスーパージャンボ。
この号かもう一月前の1983年1/11~31号からかはわかりませんが、おおばさんのサインが変わっています。
そしてこの号を最後に、おおばさんのイラスト表紙は終わります。
次号からは、ANAの保有する機体の写真が表紙に取って代わられましたが、それはまた別のお話し・・・。
30代後半以上の方は、きっと一度は見たことをあるかと思います。
1970年代から1980年代にかけて、全日空時刻表の表紙のイラストを手掛けていた漫画家の方です。
漫画以外にも、この時刻表のようにイラストをあらゆる方面で描かれていたので、この時刻表以外にも別のところでこのタッチのイラスト見たことあるかも・・・という人も多くいらっしゃるかと。
Wikipedia おおば比呂司
私が持っている中で「最古」の時刻表。1974年8月号。まだ私は生まれていません(笑)

仙台の七夕祭りとL1011トライスター。
トライスターで「日本各地を網羅するネットワーク」をイメージしたものでしょうか。

トライスターと熊本名物を描いた作品。

今なら「くまモン」も加わっていそうですね。
1979年1月の時刻表です。

B747SR「スーパージャンボ」の就航はこの年の3月でしたが、早々と時刻表の表紙に登場。
当時の全日空がいかにこのジャンボの就航に力を入れていたかが伝わってきます。
1979年3月の時刻表。

ここでついに「全日空の新しい翼 スーパージャンボ 500人乗り」と就航を大きく謳っています。
ちなみに、就航時はJA8133とJA8134の2機体制。
羽田0755《53便》札幌0920/1015《54便》羽田1145/1400《255便》福岡1540/1635《260便》羽田1805
羽田0935《81便》沖縄1215/1310《84便》羽田1530/1640《69便》札幌1805/1900《70便》羽田2030
時刻表の中で運行パターンを調べると、初期はこの2パターンで飛んでいたようです。
1979年6月号。

ビッグスニーカーキャンペーンで、表紙にも夏の北海道。涼しげなイメージが伝わってきますね。
1980年2月号。山形県のイメージイラスト。

この頃は、あと10年ほどで山形新幹線が開通して空路は全廃になるとは思ってもいなかったでしょうね。
1980年8月号。

かもめと一緒に飛ぶスーパージャンボがなんとも涼しげです。
よーく見てみると、背景にトライスターが飛行機雲を描きながら飛んでいます。
1981年9月号。

「かろやか九州」キャンペーンですが、背景に描かれているのは・・・函館の街並みでしょうか?
(K様より長崎の風景とのこと。稲佐山のシルエットに見た長崎港口と大浦天主堂だそうです。K様、情報ありがとうございました!)
1981年11月号です。

スーパージャンボの到着を待つ地上係員と整備士の姿。
この頃の羽田ではまだ大型機も、沖止めでタラップを使って地上から乗るというのが普通でした。
(この後も「おおば比呂司さん」特集、つづきます)
1970年代から1980年代にかけて、全日空時刻表の表紙のイラストを手掛けていた漫画家の方です。
漫画以外にも、この時刻表のようにイラストをあらゆる方面で描かれていたので、この時刻表以外にも別のところでこのタッチのイラスト見たことあるかも・・・という人も多くいらっしゃるかと。
Wikipedia おおば比呂司
私が持っている中で「最古」の時刻表。1974年8月号。まだ私は生まれていません(笑)

仙台の七夕祭りとL1011トライスター。
トライスターで「日本各地を網羅するネットワーク」をイメージしたものでしょうか。

トライスターと熊本名物を描いた作品。

今なら「くまモン」も加わっていそうですね。
1979年1月の時刻表です。

B747SR「スーパージャンボ」の就航はこの年の3月でしたが、早々と時刻表の表紙に登場。
当時の全日空がいかにこのジャンボの就航に力を入れていたかが伝わってきます。
1979年3月の時刻表。

ここでついに「全日空の新しい翼 スーパージャンボ 500人乗り」と就航を大きく謳っています。
ちなみに、就航時はJA8133とJA8134の2機体制。
羽田0755《53便》札幌0920/1015《54便》羽田1145/1400《255便》福岡1540/1635《260便》羽田1805
羽田0935《81便》沖縄1215/1310《84便》羽田1530/1640《69便》札幌1805/1900《70便》羽田2030
時刻表の中で運行パターンを調べると、初期はこの2パターンで飛んでいたようです。
1979年6月号。

ビッグスニーカーキャンペーンで、表紙にも夏の北海道。涼しげなイメージが伝わってきますね。
1980年2月号。山形県のイメージイラスト。

この頃は、あと10年ほどで山形新幹線が開通して空路は全廃になるとは思ってもいなかったでしょうね。
1980年8月号。

かもめと一緒に飛ぶスーパージャンボがなんとも涼しげです。
よーく見てみると、背景にトライスターが飛行機雲を描きながら飛んでいます。
1981年9月号。

「かろやか九州」キャンペーンですが、背景に描かれているのは・・・
(K様より長崎の風景とのこと。稲佐山のシルエットに見た長崎港口と大浦天主堂だそうです。K様、情報ありがとうございました!)
1981年11月号です。

スーパージャンボの到着を待つ地上係員と整備士の姿。
この頃の羽田ではまだ大型機も、沖止めでタラップを使って地上から乗るというのが普通でした。
(この後も「おおば比呂司さん」特集、つづきます)